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大阪家庭裁判所 昭和44年(家)6458号 審判 1976年3月31日

申立人 永井雄一(仮名)

相手方 永井千代子(仮名) ほか二名

主文

被相続人永井茂作の遺産である別紙目録(二)記載の建物および同目録(六)記載の電話加入権は相手方谷口洋子および相手方服部美津子の各二分の一の共有取得とする。

相手方谷口洋子および相手方服部美津子は前項の代償として、各自申立人に対し金一六四万八、〇〇〇円を本審判確定後六か月以内に、および本審判確定日の翌日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

審判費用は一〇分し、その三を申立人の、その余を相手方谷口洋子および相手方服部美津子の負担とする。

理由

第一事件の経緯

申立人は昭和四四年九月二日本件申立てをなしたが、当裁判所は同月三日「本件を調停手続に付し、調停が終了するまで審判手続を中止する。」との審判をなし、当裁判所調停委員会では該審判に基づき、同月二二日を第一回期日として二六回にわたり調停を試みたが合意を得るに至らず、昭和五〇年二月一七日調停は不成立により終了した。

第二当事者の主張の要旨

一  申立人

(一)  被相続人永井茂作が昭和三六年三月二四日死亡して相続が開始し、子である本件当事者が被相続人の遺産を相続した。

(二)  遺産は別紙目録(一)ないし(四)記載の各不動産および同目録(六)記載の電話加入権の他、現金および預貯金約金四五〇万円、電々公社債券金一〇万円、家具・什器・備品等の動産類約二二点、約金八五万円相当額である。なお、同目録(一)記載の土地は相手方千代子名義で所有権移転登記手続がなされているが、これは相手方千代子が被相続人に無断で登記手続をした無効のものであり、同目録(三)および(四)記載の各建物はいずれも被相続人の死後被相続人の遺産の収益、生命保険金等から相手方千代子が建築したものであるから遺産に入るものである。

(三)  相手方ら主張の貴金属等の動産類は存在しない。

(四)  相手方らの生前贈与の主張のうち、借家権の贈与については認めるので適正な評価のうえ想定遺産に組入れて貰いたいが、その余の生前贈与については全部否認する。相手方洋子および相手方美津子の扶養については、本件遺産を相手方千代子に管理させ、その収益から扶養させていたもので、扶養の義務は充分尽した。このような経緯から、相手方千代子との間に相手方美津子の成人まで遺産分割をしないとの約束ができていたので、相手方美津子が成人に達して以後に本件申立てに及んだものである。

二  相手方ら

(一)  同目録(一)記載の土地は、被相続人が買入れるに際し相手方千代子において約金五二万円を用立てたものであるが、返済できないまま死の床につき、約金五二万円の支払いに代えてこの土地を相手方千代子に譲渡することとなり、そこで前所有者より中間省略のうえ所有権移転登記手続を受けたものであるから相手方千代子の所有に帰したもので遺産ではない。同目録(二)記載の建物は被相続人が相手方三名に贈与したものである。同目録(三)記載の建物は申立外池辺紀美子が、同目録(四)記載の建物は相手方千代子がそれぞれ建築所有しているものであり、遺産ではない。同目録(六)記載の電話加入権は遺産であることは認める。動産類の一部について存在するが、大半は存在しない。

(二)  申立人が占有する骨とう品、貴金属等の動産類約五四万円相当額が遺産である。

(三)  申立人は、被相続人から同目録(五)記載の建物の借家権の贈与を受け、他にも大学進学費用金六〇万円、結婚費用金三〇万円、出産費用金二〇万円の贈与を受けているので想定遺産の中に組入れるべきである。

(四)  以上のとおり、相手方らにおいて占有管理する遺産は電話加入権と動産類のみであるとこる、被相続人死亡当時相手方洋子は高校生、相手方美津子は小学生であつたところ、申立人は全く扶養の義務を負担せず、相手方千代子が独力で扶養してきたものであり、義務を全く履行せず、権利のみ主張する申立人の本件申立てには応じ難いし、その必要もない。

第三相続人とその相続分

本件記録中の関係戸籍謄本および調査の結果によると、被相続人永井茂作は昭和三六年三月二四日死亡して相続が開始したこと、被相続人は昭和三年二月七日今岡ツネと婚姻届を了して夫婦となり、その間に昭和二年一二月五日長男勇を、昭和四年三月一一日二男昭次を、昭和六年七月三日三男雄一(申立人)を、昭和九年四月一〇日長女千代子(相手方)を、昭和一九年六月四日二女洋子(相手方)を、昭和二三年七月一日三女美津子(相手方)をそれぞれ儲けたが、長男勇および二男昭次はいずれも夭折し、ツネは昭和三五年六月八日死亡したので、結局本件当事者が被相続人の子として共同相続人であることが認められ、被相続人との身分関係に民法九〇〇条によると、双方各当事者の法定相続分はいずれも四分の一であることは計数上明らかである。

第四遺産の範囲と現況

一  別紙目録(六)記載の電話加入権

電話加入原簿登録事項証明書、相手方千代子審問の結果によれば、本件電話加入権は別紙目録(二)記載の建物に架設されている電話器のためのものであり、現在相手方千代子名義で登録されていることが認められる。本件電話加入権が遺産であることは双方間に争いはなく、前掲の証拠によつてこれを認ることができるので、遺産であることを確定する。

二  別紙目録(一)記載の土地および(二)記載の建物

本件土地の不動産登記簿謄本および登記済権利証、本件建物の固定資産評価証明書、当庁家庭裁判所調査官作成の調査報告書(添付の参考資料等を含む、以下同じ。)、宮本安代作成の書面、申立人、相手方千代子、相手方洋子、相手方美津子、藤沢繁治各審問および本件建物の観察の結果を総合すると、以下の実情を認ることができる。

(一)  本件土地は、相手方千代子が昭和三六年一月一五日申立外藤沢繁治との売買を原因として同年二月二二日所有権移転登記手続を経由しているもの、本件建物は未登記で固定資産評価証明の所有者欄には被相続人の氏名が記されているものである。本件土地および建物は「○○○○荘」と称するアパートとその敷地で現在二階部分全一二室を賃貸し、階下部分を相手方千代子および相手方洋子とその家族の住居に供している。

(二)  本件土地は、被相続人が昭和三三年六月一〇日下宿屋を開業するためかねてより知合いの藤沢に懇請して同人から一坪当り金一万円の割合で合計金五二万一、五〇〇円で買受け、契約時に売買代金の一ないし二割相当額を、その後数か月の間に残代金の支払いをしたが、買主である被相続入に対する所有権移転登記手続は未了のまま放置された。

(三)  被相続人は、本件土地の買受けに引続いて、かねてよりの計画どおり本件土地上にて下宿屋を開業すべく、○○工務店に建築工事を依頼し、同年七月三〇日頃から建築工事に着手し、同年九月末頃本件建物の一部(後示の如く、その後増築して本件建物になつた。)である木造瓦葺二階建共同住宅一および二階各八七、六八平方メートルを総費用約金一二〇万円で完成し、「○○○○荘」と称する賄いつきの下宿屋を開業するに至つた。

(四)  当時、被相続人は、××ローラー工場に勤務し、同目録(五)記載の借家に妻ツネ、△△生命保険相互会社に勤務していた相手方千代子、中学生であつた相手方洋子、小学生であつた相手方美津子との五人で家庭生活を営んでいたが、被相続人家族は被相続人の一か月約金三万円の賃金収入で生活を送り、他に収入の道とてなく、若干の貯へはあつたであろうが、土地および建築代金総額約金一七二万円をねん出するに足る貯へもなかつたため金策に苦慮した。そこで貯へをことごとく引出し、妻ツネが加入していた頼母子講(その契約内容は不明。)からの金を使い、その金額は不明であるが、被相続人夫婦の結婚の際の仲人村瀬某らの知人から借金をしてもなお不足していた。そこで、被相続人は、相手方千代子が昭和二八年一〇月△△生命保険に勤務して以後社内預金をし、昭和三三年八月の時点において残高金二〇万円の預金を有し、さらに相手方千代子が収入の一部を毎月母ツネに託して、同人において頼母子講(その契約内容は明らかではない。)に加入し、少なくとも金三〇万円の金員が満期或いは落札等により自由になり得る状態であつたため、少なくとも総額金五〇万を相手方千代子より借受けた。その内金二〇万円についてのみ昭和三五年一月頃返済したが、残額については返済しなかつた。

(五)  ところが、ツネが昭和三五年六月死亡し、その後間もなく被相続人と相手方千代子が相談のうえ、「○○○○荘」を増築することとし、申立人の岳父にあたる申立外松田康吉に依頼して従前の建物の壁面を取り、そこに従前の建物と接著して一体のものとして一および二階併せて約八一平方メートルの建物を増築して本件建物が完成した。増築に要した費用約金六〇万円は、相手方千代子が友人である申立外原淑子から金五〇万円を借受けた他、退職金、貯えをもつて支払い、原に対する借金は後日被相続人の××ローラー工場の死亡退職金等で支払つた。

(六)  被相続人は昭和三五年一二月頃から癌のため大阪市北区の○○病院に入院するに至つたが、同月末頃同病院にて付添看護をしていた相手方千代子に対して相手方千代子からの借金の支払いもできていないし、本件土地の所有権移転登記手続も未了のままであつたから、本件土地を相手方千代子名義に所有権移転登記手続をするよう申向け、売主である前出藤沢方に行くよう指示したため、相手方千代子はすぐ同人方を訪問し、同人にその旨話しをしたところ快諾して、直ちに司法書士乙部勇にその手続を指示してくれたため、前示の所有権移転登記手続に至つたものである。

申立人は、本件土地について、相手方千代子名義の登記手続は、相手方千代子が被相続人の了解を得ずにほしいままにした無効のものである旨主張するが、この点に関する申立人審問の結果および前掲報告書の申立人陳述記載部分は具体的根拠に基づかない憶測にすぎず、藤沢審問の結果も上記認定の妨げになるものではなく、他に上記認定を左右するに足る証拠はない。相手方らは、本件建物について相手方らが被相続人から贈与を受けたものである旨主張するが、前掲各証拠によれば、被相続人が本件土地および建物を取得するに至つたのは、自己の年齢に比し相手方ら姉妹は小さく或いは独身であつたがためその将来を慮り、生活の資とするためであり、折にふれては娘三人のために下宿屋をしたものである旨申向けていたことは認られるものの、以上の動機、言辞のみをもつてして相手方らに対する贈与の意思表示があつたと認定するのは困難であり、その他に贈与の意思表示を認るに足る証拠はない。

そこで以上認定の事実から検討する。

(一)  本件土地は、被相続人が藤沢より買受けたものであるからその所有に帰したものであることは明らかである。その後被相続人が中間省略のうえ相手方千代子に所有権移転登記手続をした所為の評価如何である。被相続人は、相手方千代子から少くとも金五〇万円の金員を借受け、その内金二〇万円の返済はしたものの、残金三〇万円についての返済をしていなかつたものである。相手方千代子に登記手続をした際未払債務の支払いができなかつた代りにという趣旨であつた以上代物弁済の趣旨が含まれていたことは明らかである。ところが、債務額は金三〇万円であつたのに対し、不動産鑑定士佃順太郎作成の鑑定書によると、本件土地の当時における価格は金一七九万三、〇〇〇円であることが認られることからすれば、債務額と代物たる本件土地価格との差額が著しく、通常の取引関係にあるならば清算を要するとこるである。しかし、被相続人が、相手方千代子に登記手続をしたのは、その身分関係および前示の娘の将来を慮つて本件土地および建物を取得した動機に鑑み、清算を要する趣旨であつたとは到底解し難く、むしろ金三〇万円の債務を消滅させるとともに、残余部分を譲渡するという実質的贈与意思があつたものと解すべきで、結局この譲渡行為は代物弁済と贈与の併存した行為と判断される。そうすると、本件土地の相手方千代子に対する譲渡は相手方千代子の債権額金三〇万円とその利息相当部分が代物弁済、その余の部分が贈与と解される。 相手方千代子の債権金三〇万円の昭和三三年八月頃から登記手続を受けた昭和三六年二月までの三〇か月間民法所定年五分の割合による利息は金三万八、〇〇〇円(一〇〇円以下四捨五入)となり元利合計金三三万八、〇〇〇円であるから、本件当地の一七九万三、〇〇〇分の三三万八、〇〇〇相当部分が代物弁済、一七九万三、〇〇〇分の一四五万五、〇〇〇相当部分が贈与にあたる。進んで、該贈与が民法九〇三条一項の特別受益にあたるか否か検討するに、本件土地購入および相手方千代子に対する所有権移転登記手続に関する前認定の事実からして、相手方千代子の将来の生活の資とするための贈与であることを推認することができるので、同条項の生計の資本としての贈与にあたると解すべきである。

(二)  本件建物は、被相続人が建築し所有するに至つたものであるから、遺産であることは明らかである。なお、本件建物は増築され、増築工事の建築主体が被相続人であるか、相手方であるか明らかではないが、いずれにしても増築部分は従前の建物と一体のものとして附合しているものであるから民法二四二条により被相続人の所有に帰したことは明らかである。

(三)  以上を総合すると、本件建物は遺産であり、本件土地のうち一七九万三、〇〇〇分の一四五万五、〇〇〇相当部分が相手方千代子に対する生前贈与として想定遺産の中に組入れるべきものである。

三  別紙目録(三)記載の建物

本件建物の不動産登記簿謄本、前掲の報告書、「御貸付金元利払込通知帳」と題する書面、家屋新築申告書、建物引渡証明書、領収書二通、公正証書写し、相手方千代子審問の結果を総合すると、以下の実情を認めることができる。

(一)  本件建物は、申立外池辺紀美子が昭和四〇年五月一五日所有権保存登記手続を経由しているもので、「△△○○荘」と称するアパートである。

(二)  相手方千代子と池辺とは△△生命保険に勤務していた折の同僚であり、親友である。相手方千代子は、前項の「○○○○荘」の下宿人のための賄いをしていた母ツネの死亡により、賄いをする者がいなくなつたため、昭和三五年七月△△生命保険を退職して賄いの仕事に従事することとなつたものの、独力では賄いの仕事に難渋するのに同情した池辺において、「○○○○荘」に同居して通勤する傍ら賄いの仕事の手助けをしていたが、同年末頃同人も△△生命を退職して二人で「○○○○荘」の賄いの仕事に従事した。

(三)  やがて被相続人が死亡し、間もなく「○○○○荘」も下宿屋からアパートに変更したのに伴い、賄いの仕事もなくなり、その頃から池辺においても将来の生活設計のためアパート建築の希望を持つに至つた。その折、本件建物敷地××市大字△△五番地の一〇宅地一七一、六〇平方メートルを所有者申立外吉田信太郎から賃借できることとなり、池辺が同人との間で昭和三七年一〇月一五日公正証書により賃貸借契約を締結し、同地上に同年七月頃から前出松田に依頼して約金二四〇万円で本件建物を建築したものである。池辺の父池辺秀治は資産家で、娘のために自己所有不動産の未登記物件を保存登記手続をしたうえ、池辺の株式会社××産業相互銀行からの極度額金八〇万円の融資のために物上保証する等して金策したものである。

以上の認定に反する証拠は申立人審問の結果および前掲報告書の申立人陳述記載部分しかなく、これらはいずれも具体的根拠を欠く憶測にすぎず到底採用し難い。本件建物が「△△○○荘」という名称であること、後示の如く本件建物を担保に相手方千代子が借金したことがある等の事実も相手方千代子と池辺の協力関係と親密さを物語る以上のものではない。

そうすると、本件建物は池辺が建築し所有するに至つたものであるから、被相続人の遺産にいかなる意味でも属するものではない。

四  別紙目録(四)記載の建物

前掲の報告書、同目録(一)および(三)記載の各不動産の登記簿謄本、相手方千代子審問の結果を総合すると、以下の実情を認ることができる。

(一)  本件建物は未登記で、固定資産評価証明も整備されていないものであること、大阪地方で文化住宅と称する一および二階各三戸の賃貸住宅である。

(二)  相手方千代子は前出吉田信太郎の子吉田健夫より昭和四二年頃本件建物の敷地△△市××町二丁目一六の三八宅地一四五、四五平方メートルを賃借できることとなり、同人との間に昭和四二年九月六日公正証書により賃貸借契約を締結し、同地上に昭和四二年一月頃約金二八〇万円で本件建物を建築したものである。建築資金の他土地賃貸借契約の敷金として金一三二万円を支払つたので総額約金四一二万円を要したが、相手方千代子は昭和四二年一月二六日○○信用金庫との間に債権元本極度額金五〇〇万円として信用金庫取引契約を締結し、同目録(一)記載の土地と池辺所有の同目録(三)記載の建物を共同担保として根抵当権を設定した他、本件建物賃貸借契約の際取得した敷金でまかなつたことが認られる。

以上の認定に反する証拠は申立人審問の結果および前掲報告書の申立人陳述記載部分しかなく、これは前同様採用し難い。

そうすると、本件建物は相手方千代子の所有に属するものであることは明らかであり、いかなる意味でも遺産に属するものではない。

五  別紙目録(五)記載の建物のいわゆる借家権

前掲の報告書、本件建物の不動産登記簿謄本、申立人および相手方千代子審問の結果によると、以下の実情を認ることができる。

(一)  本件建物は、被相続人が昭和二三年二月頃申立外佐藤貢との間に賃貸借契約を締結し、前示の如く被相続人家族が居住していたものであるが、ツネ死亡後申立人家族を呼寄せて同居させ、間もなく前示の如く「○○○○荘」を増築したうえ、被相続人、相手方らが相次いで移転居住し、その際被相続人が本件建物の賃借権を申立人に対して無償で譲渡するに至り、以後申立人家族が賃借権を承継したうえで居住しているものである。

(二)  申立人は昭和四四年七月本件建物を佐藤から金四七万円で買受けたが、この価格は賃貸借関係にない者の間の取引価格の約半額の値段であつた。

以上の認定に反する証拠はない。

本件建物の賃借権が申立人に対する生前贈与にあたるものであることは当事者間に争いがなく、家屋賃借権が借家法等により保護された権利として、財産的価値のあることは明らかであり、現に申立人も財産的利益を受けているものである以上権利の贈与と評価すべきものである。そして、本件贈与が申立人の居住の用に供するためのものであるから民法九〇三条一項の生計の資本としての贈与にあたり、想定遺産に組入れるべきものであることは明らかである。

六  以上の他双方において、遺産であるとか、生前贈与であるとか主張するものは多々あるが、一件記録によると、そのいずれもが存在を認ることができないもの、遺産に入るものではないことが明らかなもの或いは一部の動産については存在を認ることができるものの、それらは無価値若しくはそれに近い動産として遺産分割の対象となるものではない。

七  以上を総合すると、被相続人の遺産として分割の対象となるのは、別紙目録(二)記載の建物および同目録(六)記載の電話加入権のみであり、民法九〇三条の特別受益として想定遺産に組入れるべきものは、相手方千代子が生前贈与を受けた同目録(一)記載の土地の一七九万三、〇〇〇分の一四五万五、〇〇〇相当部分および申立人が生前贈与を受けた同目録(五)記載の建物の借家権である。

第五遺産の評価

当裁判所は具体的相続分算定の際の遺産および特別受益財産の評価時期は相続開始時、現実の遺産分割の際の遺産の評価時期は分割時と解するものである。従つて、分割の対象となる遺産は相続開始時と分割時、特別受益財産は相続開始時のみの各評価を算定する必要がある。

不動産鑑定士佃順太郎作成の鑑定書によれば、

(一)  別紙目録(一)記載の土地の相続開始時の価格が金一七九万三、〇〇〇円であるから、相手方千代子の代物弁済相当部分を控除すると金一四五万五、〇〇〇円、

(二)  同目録(二)記載の建物の相続開始時の価格が金二九九万五、〇〇〇円、分割時に最も近い鑑定時の価格が金六四二万六、〇〇〇円、

(三)  同目録(五)記載の建物の借家権の相続開始時の価格が金四〇万二、〇〇〇円であること、当裁判所裁判所書記官作成の電話聴取書二通によれば

(四)  同目録(六)記載の電話加入権の相続開始時の価格が金二二万七、〇〇〇円、分割時に最も近い昭和五一年三月一六日の価格が金四万五、〇〇〇円であること、

がそれぞれ認られる。

第六相続分等の算定

前示のとおり、当裁判所は具体的相続分算定の際の遺産および特別受益財産の評価時期は相続開始時、分割の際の評価時期は分割時と解するものであるから、以下相続分および遺産取得額を算定する。

一、四五五、〇〇〇(相手方千代子の同目録(一)記載土地の受贈部分)+二、九九五、〇〇〇(同目録(二)記載建物)+四〇二、〇〇〇(申立人の同目録(五)記載建物の借家権の受贈)+二二七、〇〇〇(同目録(六)記載の電話加入権)=五、〇七九、〇〇〇

が想定遺産額となるから、各当事者の相続分は、

申立人 5,079,000×1/4-402,000 = 868,000(百円以下四捨五入以下同じ)

相手方千代子 5,079,000×1/4-1,455,000 = -185,000

相手方洋子および相手方美津子各 5,079,000×1/4 = 1,270,000

とそれぞれなるところ、相手方千代子は自己の相続分を金一八万五、〇〇〇円超える特別受益があるから、これを他の者が相続分額の割合に応じて負担すべきものと解されるから、各自の負担額は、

185,000×(相手方千代子以外各自の相続分/868,000+1,270,000×2 = 3,408,000)

の算式となり、

申立人 185,000×(868,000/3,408,000) = 47,000

相手方洋子および相手方美津子各 185,000×(1,270,000/3,408,000) = 69,000

となるから、これを相続分から減ずると、

申立人 868,000-47,000 = 821,000

相手方洋子および相手方美津子各1,270,000-69,000 = 1,201,000

となり、結局各当事者の具体的相続分は、

申立人 (821,000/821,000+1,201,000×2 = 3,223,000)

相手方千代子 0

相手方洋子および相手方美津子各(1,201,000/3,223,000)

となる。この具体的相続分から各自の遺産取得額を算定すると、分割時における遺産総額は金六四七万一〇〇〇円であるから、

申立人 6,471,000×(821,000/3,223,000) = 1,648,000

相手方千代子 0

相手方洋子および相手方美津子各 6,471,000×(1,201,000/3,223,000) = 2,411,000

となる。

第七相続人の生活状況

本件記録添付の関係戸籍謄本、前掲の調査報告書、申立人、相手方千代子、相手方洋子、相手方美津子各審問の結果によると、以下の実情を認ることができる。

申立人は食品模型製造販売を業とする従業員約四〇〇名の株式会社「△△△△」の取締役総務部長として勤務し、昭和四九年度年収約金八〇〇万円、昭和五〇年度年収は約二割前後上る見込みであるという高所得者であり、別紙目録(五)記載の建物を所有する他骨董品、株券等約金六五〇万円相当の資産を有し、妻と高校生である長女、中学生である二女、小学生である長男の五人暮しである。

相手方千代子は、冷暖房設備工事の下請を業とし、従業員数三名の○○技研工業株式会社に勤務して一か月金九万円の賃金収入の他医師岡光治方の診療報酬請求書の仕事をして、一か月金三万円の収入を得ており、同目録(一)記載の土地および(四)記載の建物を所有し、(二)および(四)記載の建物からの家賃収入として一か月金二二万円を収得管理している。結婚歴のない独身であるが、昭和四三年一〇月一日相手方洋子および相手方美津子とそれぞれ養子縁組をし、現在同目録(二)の建物の階下部分に相手方洋子およびその家族と生活をしている。

相手方洋子は無職で、大阪××自動車に勤務する夫谷口弘治が一か月約金一三万円の賃金収入を得、六歳の長男、三歳の長女の四人が前示の如く相手方千代子と生活しているが、毎月金三万円を相手方千代子に生活費として渡し、その余の要生活費は相手方千代子が負担しての共同生活で、固有の資産はないが夫が豊中市○○町に約三三〇平方メートルの土地を所有している。

相手方美津子は無職で、○○製薬に勤務する夫服部昌夫が一か月約金一〇万円の賃金収入を得、三歳の長男と三人で肩書住所地で生活を送つているが、固有の資産も夫の資産も格別のものはない。

第八遺産の分割

前掲の報告書、申立人、相手方千代子、相手方洋子および相手方美津子各審問の結果によれば、相手方らは、本件遺産分割については対申立人との関係で共通の利害感情を持ち、姉妹というのみならず、養親子関係にあり、また相手方千代子は被相続人の死後相手方洋子および相手方美津子を扶養し、これに対して相手方洋子および相手方美津子は深甚な感謝の念を持つているものであり、相手方ら相互間にはことさらの葛藤もなく、法律上経済上の利害の対立も充分協議で解決することが可能であるのに反し、申立人とはことごとく対立反目し合い、相互に憎しみの感情を顕にする状況であることが認られることからすれば、申立人と相手方らとは峻別して遺産分割せざるを得ない。ところが、本件遺産は別紙目録(二)記載の建物と(六)記載の電話加入権のみであり、電話加入権は同建物の電話器のためのものであるから両遺産は一体のものとして分割せざるを得ないから現物分割はできない。さりとて、換価することも現に相手方千代子および相手方洋子とその家族が居住し、かつ、その敷地である同目録(一)記載の土地が相手方千代子の所有であることに照し妥当ではない。そうすると、結局具体的相続分を有する相手方洋子および相手方美津子の遺産取得額は総遺産額の約七割五分に相当することからして、現実の遺産である同目録(二)記載の建物および(六)記載の電話加入権を各二分の一ずつ共有取得させたうえ、申立人に対して代償金としてその遺産取得額金一六四万八、〇〇〇円を連帯して支払わせることとする。

なお、上記分割方法を採つたとき、相手方千代子は現に同目録(二)記載の建物に居住しているにも拘らず所有者でないことが確定し、かつ、敷地の所有者であるという錯綜した権利関係になり、一方相手方洋子および相手方美津子に代償金の支払能力の点について疑問が残るとの問題点がある。しかしながら、相手方千代子の居住する権利は本件遺産分割により消長をきたすものではないことはもとより、相手方らは相互に信頼し、助け合い、法律上経済上の利害が対立しても協議により解決することが可能であることからすれば、相手方洋子および相手方美津子に代償金の支払能力がない場合、本審判の結果を前提とし、事実上相手方千代子が代償金を負担して分割後の所有権等の権利関係をどうするか相手方ら相互間で協議させる等相手方らの自治に委ねる方がより妥当である。

これらの事情を考慮して代償金の支払時期は本審判確定後六か月の余裕を置き、確定日以後支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による利息(六か月経過後は遅延損害金)を支払わせるのが相当である。

第九審判費用については、一〇分し、その三を申立人の、その余を相手方洋子および相手方美津子の負担とする。

よつて、主文のとおり審判する。

(家事審判官 渡部雄策)

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